劇場での一体感、キャスト・スタッフと観客の間を精神的なつながり、そういったものが単なる映画鑑賞と違った感動や喜びをもたらすと昨日は書きました。

劇場に通ってしまうことには、そうした理由が結構大きかったりします。
決して役者さんに覚えられたりしていないし、実際には一度として目もあっていないのですが、一つの気持ちを共有し合った仲間意識が生まれているのですね。

演技するということは心を伝えることになるのかな、と思うのですが、それを言葉の上では強烈に否定する方がいます。

それが劇団四季の浅利慶太さんです。
芝居は言葉で伝えるのであって、心で伝えるのではない、と言う考えで、四季メソッドという発声練習のもと、翻訳ミュージカルを意欲的に上演し続けています。
「一音抜かすものは去れ」というコピーが練習場に貼ってあるのをテレビでも見たことがあります。

昔は翻訳ミュージカルというのは歌詞が聴き取りづらく、物語を理解しにくかったりした記憶があります。ところが劇団四季では、はっきりと聴き取れます。
おかげで子供でも予備知識なく、作品を楽しむことが出来る・・・・・
これは画期的で、ミュージカル人口を大きく押し広げたと思います。四季メソッドは正しいのでしょう。

でも、最近は、本当にセリフの芝居が何を言っていても聴き取りやすいけど、台詞回しが何の話で誰が言っていても同じ印象で、行きすぎじゃないの?と思っています。

それと、作品重視という姿勢から、カーテンコールでの必要以上のアンコールや喝采・役者のアピールなどを不要、あるいは役者を甘やかしたり増長させたりするいう考えからか敵視しているようです。
あくまでも作品を見せようということで、出演者が誰であるかを発表しないという方針です。
なので、なかなか劇場での一体感を感じさせてくれないのですが、それでも良い作品が多いので、劇場にはやはり行きます。でも、良い作品だと何回か行くけど、通う気にはなれないのです。

先日観た「マンマ・ミーア」ではカーテンコールでABBAの名曲のリサイタルが演出上あるので、ペンライトは振られるし(ペンライトを売店で売っていますから)、役者さん達も観客の拍手に嬉しそうに応えてくれます。
四季にしては珍しく、カーテンコールで盛りあがるんです。

別所哲也さんがよくおっしゃるのが「役者は拍手で生きている生物なので、いい舞台ではどんどん拍手して下さい」という話。そういう拍手に応える姿が、劇場内でのコミュニケーションなんじゃないかな、と思っています。

さて、Wikipediaでミュージカルを検索すると日本語の聴き取りにくい理由や、翻訳の難しい原因が説明されています。
「日本語は「ん」以外全ての音節に母音があるので重唱すると誰が何を言っているのか聞き取りにくく、様々な時代の漢語を取り込んだので同音異義語が多く(アルファベット・ハングル・ピンインの違いで1音1文字の漢字だけで音が言葉になる海外と違い、日本語は字面を見ないと意味を間違えるので翻訳歌詞にするのが難しい。)欧米語のミュージカルでは1音に1単語をあてられるのに比べ、音符の制約を受ける日本語翻訳の歌詞は1音に1文字をあてるので言葉が少なくなる事が、ミュージカルのストーリーを分かりにくくしている」

四季出身の役者さんは、非常に発声が明瞭だし、歌唱やダンスなどの訓練もレベルが高いので、退団後も各舞台で活躍されることが多いです。
ですから、方法論は正しそうです。でも、ちょっと違う気がします。
実はその四季だって、昔は訓練方法こそ同じでしたが、普通に素敵なカーテンコールをしていました。
芝居も今みたいに極端な不自然ではなかったし。
いろいろなことがあって、変わってきたのでしょうけれど。

もうちょっと続きます。
ただ、明日は「国民の映画」に行ってきます(^_^)v

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