今日は皇位継承者フェルディナンド大公の恋の顛末と皇帝フランツ・ヨーゼフの話をサラエボ事件まで進めるつもりでしたが、ちょっと気になるニュースに予定を変えようと・・・・・・
全然、関係のない話でもないですし。

当然、モーツァルト!の製作発表の話も書きたいのですが、ちょっと時事的な話題を・・・・・

時事的な話題はいろんな考えの人がいて、私と意見の違う人もいらっしゃるでしょうから、ここでは原則的には書きません。
それでも、今日は書いておかなくては、と思いました。

新疆ウィグル自治区の暴動で2000人以上の死者、というニュースです。
日本のニュースでは報道されていないようですが、これは人民軍による虐殺の可能性もあります・・・・・・・

このようなことを平気で出来る統治者(中共ですね)の支配する国と一衣水帯の場所に日本列島はあります。

私は戦争を望んでいない平和主義者ですが、中共がチベットやウィグルでやるような民族浄化政策で愛する人が連れ去られそうになったら、命を捨てても愛する人を助ける覚悟はしています。
無駄死にかも知れなくても、その時には目にものみせなくては、と思っています。
不幸にして、自分の不在の場で愛する人を殺されたり、連れ去られて取り返せない事態になったら・・・・・・復讐の鬼となってしまうかも知れません。

いやですね。
そういう状況にはなって欲しくないです。

以前にYoutube動画を見ていたら、ある母親が「危ない状況になったら自分の子供には、エゴでも何でも良いからとにかく逃げて欲しい」とおっしゃっていましたが、それでもその母親自身は自分の子供が危険になったら身を顧みずに助けようとすると思っています(買いかぶりすぎ?)。
自分の子供が、大事な人を見捨てずに戦いたい、助けたい、というのを「そんなもの見捨てて逃げてきなさい」と言うような事態をリアルには想像していないのでしょう。

でも、チベットやウィグルでは、それが想像に付かないことではなく、いつ起こっても不思議はない状況なのです。

今の日本では無関係ですか?

尖閣諸島についてはどうでしょう?無人島だから資源のために争わないのが日本人の方針ですか?
でも、チャイナの新聞では既に沖縄の領有権の正当性についても記事で論評されています。沖縄には日本人が住んでいます。
尖閣諸島でもしも日本があっさりと引き下がるようなことがあったら、次は石垣島、その次は沖縄です。
沖縄県民にも先ほどの想像が、想像に過ぎない日が来ないようにしなくては。

武力行使しないし、集団的自衛権を持たない日本は、個別自衛権だけで対処すると言っていて、相手が手を出すのを思いとどまらせられるのでしょうか?

相手が何を考えて、どんな風に行動しているのかによって、こちらも姿勢を変えないといけないはずです。

不幸にして、中華の復権を大合唱する政権が隣の国を支配しています。

それは日本に対しては許さない、という明確なサインを送らなくてはなりません。

過去の歴史では、間違ったサインを送ったことが戦争を引き起こしています。日本が戦争を放棄しさえすれば、日本人は安全とはいえない世界が現実にあります。
私は平和主義者として人生を全うしたいですが、愛する人に危害が加えられるようであれば、その時は変節せざるを得ないでしょう。

自分の振る舞いを相手の出方と関係なく決めていれば、相手にとっては与しやすい存在になってしまうでしょう。
相手の出方を見極めつつ、正しい判断をしていかなくてはならないのは、現実世界であればあるほどリアルに必要なことだと思います。

平和主義者でいられるように法整備したり、憲法を変えることは必要なら考えなくては。守るべきは憲法ではなく、国です。

明日はフェルディナント大公の話に続きます。

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コメント
なにがあっても戦争だけは避けるべき
日本国内でも、以下のようにお考えですか?


武力行使しないし、集団的自衛権を持たない個人は、個別自衛権だけで対処すると言っていて、相手が手を出すのを思いとどまらせられるのでしょうか?

相手が何を考えて、どんな風に行動しているのかによって、こちらも姿勢を変えないといけないはずです。



おそらく、日本で生きていくうえで武力の行使が必要とは誰も考えていないと思います。

ところが、範囲を世界に広げると、
どうして、時としては武力行使が必要と考えてしまうのでしょうか?

私たちは、武力を行使する相手が現実の世界では私たちと同じ人間であること、親兄弟や子供や恋人や友人がいる普通の人間であること、モンスターでもエイリアンでも、鬼でもない普通の人間であることを忘れてはいけないと思うのです。

武力行使という手段を永久に放棄して、人間の英知を駆使してそれ以外の手段をもって私たちは国際紛争に立ち向かわねばならないと思います。

どのようなことがあっても戦争は絶対にやってはならないという戦争経験者である先人の教えをこれからも私たちは守っていかなければならないと思います。

また私たちが守らなければならないものは、
私は世界の平和だと思うのですが…。

勝手な意見を申し上げてスミマセン。お許しください。
Re: なにがあっても戦争だけは避けるべき
ご意見ありがとうございます。

何があっても戦争は避けるべき、という御趣旨は賛成です。ですが、そのためには抑止力が必要というのが私の考えです。
集団的自衛権というのは抑止力のためです。

相手が血の通った人間である、というのはごもっともなご意見なのですが、現実にほんの数日前に人民軍は少なくとも2000人以上のウィグル地区の住民を虐殺しています。
今もチベットでは民族浄化政策が継続中です。
そういうことを平然と行っているファシスト国家がすぐ隣りにあるのが日本です。
抵抗してこないというサインを読み間違えた独裁国家がポーランドに侵入したり、クウェートに侵略したりしてきました。
戦争を抑止するためには、間違ったサインを送ってはいけないのです。
毛沢東は「戦う前に敵の抵抗意欲をなくすることが最上の策である」と述べていますが、チャイナの工作に踊らされている市民運動ばかりが喧伝されているとしか思えません。

実際に平和運動家がチャイナの大使館前でチベットの民族浄化政策やウィグル自治区での虐殺に反対して集会する姿をマスメディアで目にすることがないのは何故なんでしょうか?

私は8年間新潟市の西大畑という場所に住んでいました。新潟の繁華街にも近く、それでいて海の方向に坂を下っていけば日本海という良い場所でした。
でも、私の毎日通る道でほんの数年前に横田めぐみさんは拉致されていました。

安否については明確な回答が出来ませんが、彼女の人生で失われた年月はどうやっても取り返せません。
イスラエルでも拉致された民間人はいますが、なぜ日本は取り返せないのでしょう?

日本で生きていく上で武力行使が必要と誰も考えない・・・・・・おそらく拉致被害者の家族はそれに同意しないでしょう。戦争しか解決策がないとは考えていないでしょうが、話し合いによる交渉だけでは解決できないという絶望に近い気持ちを抱いているはずです。

先人の知恵、といいますが、現実にはルクセンブルクは非武装中立でしたが、歴史に示す通りに二度の占領に懲りて武装中立になっています。

今回の集団的自衛権は「日本の防衛に資する活動を行う米軍部隊に対する攻撃が起こった際、極めて受動的かつ限定的な必要最小限の武器使用を自衛隊が行うことが出来るよう、法整備をする」というものです。
こんなものに反対するよりもチベットやウィグルでの虐殺に抗議する方が、よほど日本の平和に資すると思いませんか。

戦争をしないためには、残念ながら相手が独裁国家であっても、日本を攻めるような判断を誤らないように、備えをしておかなくてはならないと思います。
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