個人的な感想なので、異論もあるでしょう。でも、ちょっとだけ勝手な想いをここで書かせて頂きます。

ミュージカル版「レ・ミゼラブル」の創作者達は音楽と歌でストーリーを進めていくのを理想として、この作品を創ったそうです。
確かにアメリカでこの作品を観た時は衝撃でした。
それまでのミュージカルと違って、セリフがない!歌ばかり!

英語が不自由な私には、それだけでストーリーの理解はほぼ不可能(英語の歌詞を聴き取って理解するなんて、普通の会話以上に至難の技ですから)。
でも、何か素晴らしいことが舞台で起こっている、と感じながら、日本に帰ったら観なきゃ!と思ったものでした。

それから二十年後、ようやく帝劇に観に行くことが叶いましたが、それは余談(以前に書いたこともありますし)。

作者らの意図からすると、ビッグナンバーによる拍手でのストーリーの中断をなくしたい、という考えがあったそうです。
その割に「夢やぶれて」や「星よ」「カフェ・ソング」「結婚式」などビッグナンバーが目白押しで、拍手でショーストップみたいになり続けます(日本人の観客ですから、そこは行儀良く、ホントのショーストップには中々なりませんけど)。

そんな中で「彼を帰して」(Bring Him Home)は異色です。

映画で見ても分かる通り、人が想いのたけをあそこまで蕩々と声に出すことはない・・・・・・・
しかも、この歌の前では「また政府軍はくるぞ、寝ないで油断するな」と言っていたのが、歌の後になると「市民は来ない、ぼくらは見捨てられた。女子供は帰れ。命を大切に」と、アンジョルラスの言うことも大転換してしまいます。

映画はリアルな情景描写でないと、観客が付いて来れませんから、物見の学生がパリの平穏と政府軍の集結を報告します。その情報からアンジョルラスは蜂起の失敗を悟ることにしています(でしたよね?)。

さて、舞台は・・・・・・・

新演出版は・・・・・・どうも何回か観に行っているのに、旧演出との違いばかりが気になって、どう処理指定たっけ?と記憶が定かじゃなかったりします。

なので、これは今年の宿題(^_^;)

旧演出版では、まさにこの流れの違いに違和感を感じさせられました、山口祐一郎バルジャンに出会うまでは。

舞台は見えるものだけでなく、イマジネーションが働いて、物語が繋がるように頭が働いてしまうのですが(それが自然に理解させられるようにするのが演出の冴えだと思います)、山口バルジャンは全然違っていました。

溢れる優しい想い、眩しいようなその想いに包み込まれて、自然にこちらの感情が溢れます。涙になってこぼれ落ちます。
はじめて聴いて観た時は、圧倒され、ポッカリと口も開き、それから涙を拭いました。

歌が終わっても、その感情に衝き動かされ、感動に満たされています。
その気持ちが醒めやらぬ中、アンジョルラスが言います「市民は来ない、ぼくらは見捨てられたのだ」

あぁ、彼もまたバルジャンの祈りを聴いてしまったのだ。いや学生達の誰もがバルジャンの切なる祈りの声を聴いて泣いてしまったのだ・・・・・・・・
その祈りを聞いた後では、命あるもの、未来あるものを帰してやらなければ・・・・・・・と初めて物語の流れがストンと腑に落ちたのです。

レ・ミゼラブルの中での、この「彼を帰して」の意味が初めて分かった瞬間でした。

クリエ・ミュージカル・コレクションⅡで、山口さんが「彼を帰して」を歌うと、まさにあの時の感情が甦り、圧倒されます。
拍手も忘れて、息を呑む・・・・・・その感情がアンジョルラスも、あの場で心動かされた気持ちなのではないかな、と想像しています。

また、山口さんの歌う「彼を帰して」を生で聴きたいです。

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